2008/10/16
昔昔、まだ地上が楽園だった頃、アダムとイブは幸せに優雅に過ごしていたという。
何の不安も恐怖もない世界。
あるとき禁断の木の実を食べ、楽園を追放され、苦しみの世界に生きなければならなくなった。
人が何故苦しんでいるのか?
神に背いた罰だから。
オーストリアは保守的で、信心深いクリスチャンが多い。
そのためにか、心の奥底でそういう「働くのは人間に課せられた罪だから」というような意識があるように想う。
ウィーンの人が働くのは嫌いというのも、根底にあるのはその「働くことは罪だから」という信仰心だったりするのかも。
これが同じキリスト教でもプロテスタントになると違ってくるそうだ。
神のために生きたら神は愛してくれる。
神のために生きる?
一生懸命に生きることじゃない?
一生懸命に生きるってどういうこと?
一生懸命がんばって成功するっていうことじゃない?
成功するってどういうこと?
お金?
プロテスタントの多いアメリカ。
お金を重要視する生き方と、神への崇拝が心の奥で繋がっていることは興味深い。
条件付きでしか愛せずに、背くと罰を与える神だとしたら、結局は苦しみしか与えないって想う。
もし神がいたとしたら、無条件で私たちの存在を認めて、無条件に愛してくれるんじゃないかな。
母が子供を受け入れるように無条件で人を愛せるようになれれば理想なんだろうね。