ウィーンにおでかけ

オーストリア ヨーロッパの文化活動

2008/08/07

ヨーロッパで感じるのは日本や北京に比べて文化・芸術を重要だと想っていることだ。

文化や芸術に重きを置く態度は、ヨーロッパが精神的にも物質的にも豊かであることを誇りを表現しているようにも映る。

芸術家が活躍できる社会はある程度の余力がないと難しい。

例えば、皆が今日生きることに必死だったら、文化や芸術のことを考える余力はなくなるだろうし、社会がアーティストをサポートできない。

また精神的に寛容な態度もないと自由な表現というのは難しい。

アートの世界がどれぐらい自由かというのは、その社会がどれほどの精神的自由を達成しているかを端的に表しているようだ。

ヨーロッパのアーティスト

ヨーロッパでアーティストは尊敬され、その立場は世間のしがらみから解放された王侯貴族のような生活をしていると想われている。

ちょっと変な人格でも「あの人はアーティストだから、ちょっと変わってるのよ」と許して貰える(笑)

日本でそういうアーティスト的な繊細な視点で社会を見つめることのできる人は社会不適格者になってしまうかもしれない。

実際自分も日本では心の病と診断されて病院に入院した。

でも、西洋のアーティストには、そこで観たタイプの人が多い。

彼らが日本に住むとおそらく心の病と診断され社会から隔離されるんだろう。

ヨーロッパでは偉大なアーティストと呼ばれる彼らなのに。

そういう芸術家の繊細な感覚の資質をもった人は実は日本が一番多いように想う。

ただ、社会的な寛容さが足りない。

人はこうあるべき!という画一的な観念が強すぎるのだろうか。

その型にはまることがどうしても出来ない人は、日本から出たら良いんじゃないかな?

日本では社会の中で生活できないような人もヨーロッパでは羽を伸ばして自由に生活している。

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